銀が70ドルを割った金曜日の夜

売却も頭をよぎった
その夜、2人の子供たちが寝静まったリビングで一人、私は何度も証券アプリを更新していました。純銀ETFの現在値を見るたびに、含み損の金額がじわじわと膨らんでいきます。
「これ、今すぐ売ってラクになった方がいいんじゃないか?」
正直なところ、最初に頭に浮かんだのは「損切り」つまり「逃げること」でした。投資の本には「感情的になって狼狽売りをしてはいけない」と必ず書いてあります。頭では分かっているんです。でも、いざ自分のお金が目減りしていくのをリアルタイムで見せつけられると、そんな教科書通りの正論はどこかに吹っ飛びます。「これ以上損が膨らむ前に、傷が浅いうちに手放したい」という本能的な恐怖に、完全に飲み込まれそうになっていました。
SNSは強気派ばかりだった
少しでも安心材料が欲しくて、X(旧Twitter)で「銀 ETF 暴落」「銀 今後」と検索窓に打ち込みました。誰かに「大丈夫だよ、すぐに戻るよ」と言ってほしかったんです。
ところが、タイムラインに流れてくるのは予想外の言葉ばかりでした。
「銀70ドル割れ!絶好の買い場到来!」
「ここで買えない初心者は投資やめた方がいい(笑)」
「ボーナスつぎ込んで全力ナンピンします!」
……正直、吐きそうになりました。
みんな、どうしてそんなに強気でいられるの? 資金が潤沢にある一部のお金持ちだけじゃないの?
「もしかして、こんなにビビって焦っているのは私だけ?」と、強気な投資家たちの発言を見れば見るほど、自分の判断ミスを突きつけられているようで、余計に孤独感と焦りが募っていきました。
でも私は不安だった
SNSの猛者たちは「長期投資なんだから放置でオッケー」と言います。でも、私のような普通の会社員にとって、そのお金は単なる画面上の数字ではありません。
毎日のランチ代を節約し、飲み会を断って捻出したお金。ゆくゆくは子供たちの進学費用や、夫婦の老後の安心に繋がるはずだった大切なお金です。
「もしこのまま下がり続けて、ただの紙切れ(電子データですが)みたいになったら、妻になんて言い訳すればいいんだろう」
「『だからよく分からない投資なんてやめとけばよかったのに』って言われるのが一番怖い」
結局のところ、私が恐れていたのは「お金が減ること」以上に、「自分の投資判断が間違っていたと認めること」だったのだと思います。強がるのはやめて、まずは自分が「普通にビビっている」という事実を認めることから、私の週末の作戦会議は始まりました。
冷静に考えてみた
銀が下がる理由
土曜日の朝。少しだけ冷静さを取り戻した私は、「そもそもなんでこんなに銀が暴落しているのか?」を、逃げずにちゃんと調べてみることにしました。
恥ずかしい話ですが、それまでの私は「なんとなくこれから金や銀が上がりそうだから」というフワッとした理由で投資をしていました。でも、含み損という痛みを伴うと、人間必死になるものです。難しい経済ニュースなんて普段は読まない私ですが、今回ばかりは専門用語と格闘しながら、自分なりに下落の理由を整理してみました。
利上げの影響
調べていくと、どうやら「アメリカの金利(利上げ)」が大きく関係していることが分かりました。
昔の私なら「ふーん、アメリカの話でしょ?」とスルーしていたところです。でも今回は自分のお金がかかっています。
専門家風に言うと難しくなりますが、要するにこういうことでした。
「金利が上がると、銀行にドルを預けておくだけで利息がたくさんもらえる。だったら、利息がつかない銀(や金)を持っているより、ドルを持っていた方がお得だよね」という心理が世界中の投資家に働くそうです。
その結果、銀が売られて価格が下がる。「なるほど、そりゃ下がるわけだ……」と、自分の無知を棚に上げて妙に納得してしまいました。
ドル高との関係
もう一つ、銀の下落を後押ししていたのが「ドル高」でした。
銀は世界中で取引されていますが、基本的には「ドル」で価格が計算されます。ドルが高くなる(ドルの価値が上がる)ということは、相対的に銀の価値が下がって見える、というシーソーのような関係性があるそうです。
「利上げ」と「ドル高」。この2つのパンチを食らって、銀は70ドルを割り込む下落を起こしていたのです。
これを調べ終えたとき、少しだけホッとしました。なぜなら、「自分の運が悪かった」とか「銀という資産が完全にオワコンになった」わけではなく、明確なマクロ経済のルールに沿って価格が動いているだけだと分かったからです。
それでも長期で考える理由
下落の理由が「金利と為替のせい」だと分かった上で、私は改めて自分に問いかけました。
「じゃあ、これから銀はどうなる? 私はここで損切りして逃げるべきなのか?」
たしかに今は下がっています。でも、私がそもそも銀を買おうと思った理由を思い出してみました。
世界的にEV(電気自動車)や太陽光パネルの需要が伸びていて、そこで使われる銀の産業需要は今後も減らないだろう、という話に納得したからでした。
金利や為替は上がったり下がったりを繰り返します。でも、世の中のテクノロジーの進化と銀の必要性という根本的な部分(ファンダメンタルズというやつですね)は、今の暴落で突然消えてなくなるわけではありません。
「うん、銀自体の価値がゼロになるわけじゃない。ここはグッと堪えて、長期目線で持ち続けよう」
そう決心したとき、昨晩の「逃げたい」という恐怖はスッと消え、代わりに「じゃあ、この下落をどう乗りこなすか?」という次のステップへと頭が切り替わっていました。
私が出した結論は損切りではなく指値だった
「銀の価値はゼロにならない。だから長期目線で持とう」
頭ではそう整理できたものの、月曜日の朝に相場が開いたとき、自分がどう動くべきか決めておかないと、結局は値動きに一喜一憂して感情に流されてしまいます。
過去の私は、こういう時「とりあえず含み損の赤い文字を消したい!」と焦って成行で全株売却(損切り)するか、逆にムキになって「ここが底だ!」と手元の資金を全額投入してナンピン買い(買い増し)をし、さらに下落して大火傷する……という痛い失敗を何度も繰り返してきました。
同じ失敗はもう二度としたくない。そう思って私が出した結論は、損切りで逃げることでも、全力で買い向かうことでもなく、「段階的に指値を置いておくこと」でした。
29500円に10口
28500円に10口
27500円に10口

Screenshot
具体的には、証券アプリを開いて上記の3つの価格帯に、それぞれ10口ずつ買いの指値注文を入れました。
これなら、もし月曜日にさらに暴落しても「よし、計画通りに安く仕込めた」と思えますし、逆にここから反発して上がっていけば、それはそれで「持っている分の含み損が減ったからOK」と精神的な余裕を持てます。
「上がっても下がっても、どっちに転んでも大丈夫な状態」を意図的に作って、自分の心を落ち着かせるための作戦です。
なぜ30500円ではなく29500円なのか
ここで「金曜日の終値に近い30500円あたりに指値を置けば、すぐに買えるんじゃないの?」と疑問に思うかもしれません。
たしかに、すぐに約定させて安心したい気持ちは山々でした。でも、過去の失敗がここでストップをかけました。昔の私は「よし、少し下がった!ここが絶好の押し目だ!」と現在値のすぐ下で飛びつき、その翌日にさらにガクッと底を抜けられて、二重の含み損を抱えて夜も眠れなくなったことがあるからです。
だから今回は、あえて今の価格からもう一段階、ガクッと下がったところである「29500円」を最初の網にしました。投資の世界でよく言われる「落ちてくるナイフは掴むな」という少し難しい格言がありますが、要するに「ナイフが床に刺さって、安全だと分かってから拾えばいい」と自分に言い聞かせたんです。
田中貴金属の30万円はまだ使わない
すぐ買いたい気持ちはある
実は今回の純銀ETFとは別に、「将来的に現物の金か銀を買ってみたい」と、毎月のやりくりやボーナスからコツコツよけておいた30万円が手元にあります。
金曜日の夜、ETFの激しい下落を目の当たりにしたとき、「この30万円を一気に投入して、平均取得単価を思いっきり下げてやろうか」という強烈な誘惑に駆られました。SNSの強気な人たちが言うように、一瞬「絶好のバーゲンセール」に見えてしまったんですよね。
でも全部使うのは危険
でも、すんでのところで思いとどまりました。
もしここで30万円を全額突っ込んで、さらに銀価格が半分になったら? その時こそ、私は完全にパニックになって、今度こそすべてを投げ打って(最悪のタイミングで損切りして)投資の世界から退場してしまうでしょう。
専門用語では「キャッシュポジションの管理」なんて言ったりしますが、要するに投資において一番やってはいけないのは、「手元のお金(弾)がゼロになること」です。弾さえ残っていれば、相場がどう動いても冷静に次の手が打てます。
本当の暴落に備えて残す
だから、この30万円という「最後の切り札」は、今回の70ドル割れ程度の調整では使いません。
世の中全体がパニックになるような本当の暴落――例えば誰もが「銀なんてオワコンだ、もうダメだ」と見向きもしなくなった時のために、現金のまま手元に残しておくことにしました。
「まだ自分には手持ちのカードがある」。そう思えるだけで、含み損で真っ赤になった口座画面を見ても、不思議と少しだけ呼吸がしやすくなったのです。
含み損が怖いのはお金よりも自分を疑うから
土曜日の夜になる頃には、金曜日のあのパニック状態が嘘のように、私の心はスッと落ち着いていました。
「含み損が拡大して怖い」
「早く手放してラクになりたい」
金曜日の夜に私を支配していたあの恐怖の正体は、一体何だったのでしょうか。
冷静になって考えてみると、数万円の含み損が出たからといって、明日から家族がご飯を食べられなくなるわけではありません。毎月の生活費とは別枠で、なんとかやりくりして捻出したお金だからです。
本当のところ、私が一番恐れていたのは「お金が減るという事実」そのものではありませんでした。
「やっぱり自分は投資に向いていないんじゃないか」
「少し儲かっているのを見て、欲をかいて高値掴みをしてしまった」
「家族のための大切なお金なのに、自分の浅はかな判断のせいで減らしてしまった」
そうやって、自分の判断ミスを認め、自分自身を疑うことが何よりも苦しかったのだと思います。特に、会社ではそれなりに後輩もでき、家庭でも父親として「ちゃんとしなきゃ」と気を張っている40代にとって、自分の失敗を直視するのは想像以上に精神を削られます。
だからこそ、SNSで「絶好の買い場!」と騒ぐ強気な人たちを見て、「私だけが間違っているのか?」と、さらに自分を惨めに感じてしまったのでしょう。
でも、下落の背景にある金利や為替の動きを自分なりに調べ、「長期的な価値はゼロにならない」と腹落ちし、具体的な指値を設定したことで、心境は一変しました。
「相場の値動きに怯えるだけの被害者」から、「自分でリスクを管理して次の一手を打つ投資家」へと、自分の意識を取り戻すことができたからです。
まとめ|月曜日は結果ではなく市場の反応を見る
さて、長かった週末の作戦会議が終わり、いよいよ月曜日の朝を迎えます。
私がセットした「29,500円」「28,500円」「27,500円」の指値注文。
これがどうなるかは、専門家でもない限り、いや、専門家であっても誰にも分かりません。
でも、今はこう思えます。
- 約定しなくてもOK:相場が反発して指値に届かなかったなら、今持っている純銀ETFの含み損が減るから万々歳です。
- 約定してもOK:想定通りに下がったなら、「よし、計画通りに安く仕込めたぞ」と納得できます。
- さらに暴落してもOK:もし指値をすべて突き抜けるような大暴落が来ても、本当のピンチに備えた「最後の現金30万円」は無傷で残してあります。
「上がるか下がるかは分からない。でも、どう動いてもいいように準備だけはした。」
今の私にあるのは、この事実だけです。金曜日の夜にあれほど怯えていたのが嘘のように、今は週明けの相場に向き合う覚悟ができました。もちろん、実際に証券口座の数字が激しく動けばまた胃が痛くなるかもしれませんが、少なくとも「どうしていいか分からずパニックになって狼狽売りする」という最悪の事態だけは避けられそうです。
もしあなたも今、画面の赤い文字を見て不安な週末を過ごしているなら。
まずは「普通に怖い」という自分の本音を認めてあげてください。そして、SNSの強気な声はいったんミュートして、自分のお財布と心境に合わせた「どっちに転んでも納得できる次の一手」を、一つだけ設定してみませんか。
月曜日は、結果に一喜一憂する日ではなく、「市場がどう反応し、自分がどう準備できたか」を確かめる日です。お互い、自分を責めすぎず、無理のない範囲でこの荒波を乗り越えていきましょうね。